「天然ってナンだろう」と考えはじめたら、止まらなくなりました。「天然魚」「天然酵母パン」「天然水」に続き、おっと大事な「天然塩」というのもありました。「天然海塩」とか「ナチュラルソルト」とかも耳にしますが、さて、これってなんでしょう? 塩にこだわり、いい塩を使うと美味しくなるっていうけれど、いい塩ってなんでしょう??? 最近は、近所のスーパーにもずいぶんといろいろなお塩がならんでいます。でも、これって結構最近の事。平成9年に塩の専売法がなくなってからの事です。以前は食卓塩と書かれた専売公社の塩しか買えない時代が長くありました。
子供の頃、よくグラニュー糖と塩を間違えました。サラサラの真っ白の結晶は、どちらもキラキラと美しく、甘さと塩からさの両極にあって、味覚のストレートな本質を教えてくれました。味覚の官能テストを行うプロは、純粋な塩化ナトリウム(Nacl)つまり食卓塩を薄めた水溶液で、塩に対する味覚感度をはかるそうですが、まさに、舌に直裁に訴える純粋な塩の刺激。うっかり砂糖と間違えて、たっぷりなめた時の塩の強烈さはなかなか忘れられません。
そして、海でとってきた貝や、小魚を生かしておこうと、水道水に塩を入れて海を作ったつもりになっても、それでは命を生かす事が出来ない事を何回か体験するうちに、「塩って、海を乾燥させたものじゃないのか?」っと、やっと気付いたりしたわけです。
海の干物=塩から 化学工業原料=塩へ
海に囲まれた日本は塩の原料に事欠かないわけで、有史前から、海水を乾燥させて塩を取り出す技を日本人は磨いてきました。
忠臣蔵でおなじみの赤穂浪士のお話も、当時最高の品質を誇った赤穂藩の塩作りの技術を知りたがった吉良上野介の申し出を、内匠頭長矩が断ったことが発端といわれています。
日本の古代の塩作りは、海水を含ませた海草を焼き、この灰を溶かした濃い塩水を煮詰めて作る「藻塩焼製塩」。やがて武士が政権を握り、土木技術が発展する十三世紀になると、潮の満ち干を利用して、塩田に海水を導き入れ、天日で乾燥させる「入浜式塩田」が発達し、技術革新に努めた結果、純白で良質な塩が取れるようになったのです。
明治になると、富国強兵策のもと明治38年に専売法が実施され、塩の生産販売は国の管理下に置かれます。産業優先の効率重視の国策は、海を凝縮するそれまでの塩作りから発想を変え、いかに効率よく海から純度の高い塩を取り出すかという方向へ進みます。昭和22年には、電力で汲み上げた海水を、小石を敷き詰めた斜面や、吊り下げた枝のような装置に流して濃縮する「流下式塩田」が開発され、さらに昭和47年、日本専売公社(日本たばこ産業の前身)は「イオン交換膜」を利用した電気エネルギーによる製塩に全面的に切り替え、以来、塩田不要の「イオン交換膜法」による純度の高い塩化ナトリウムの抽出が主流となり、海のミネラルがバランスよく含まれていた海の干物=塩であったものから、99・5%以上の高純度、塩化ナトリウム=塩と呼ばれる時代に突入したわけです。
85%以上は工業用
塩の生産量の約85%以上は工業用に使われます。塩水を電気分解して作られるソーダは、ガラス工業から化学繊維、アルミニウムや石鹸の原料になり、塩素は塩化ビニルやウレタンなど、塩からは多くの工業製品が生み出されているのです。工業用の素材は純度が高い方が都合が良いわけですから、ひたすら純度の高い塩が求められ、効率重視のなか、食用は工業用の一部を使わざるを得ないとされていたわけです。また、沿岸を工業地帯として開発するために、塩田が邪魔だったという事も、「イオン交換法」に頼った理由と言われます。
とはいえ、国による塩専売法のもとに作られる高純度の塩化ナトリウム塩だけが塩として販売され、それ以外は手に入らなくなると、梅干しが上手に漬からなくなったとか、身体に良くないのでは? など、いろいろな不満や疑問が出はじめて、「イオン交換膜法」による高純度の塩ではない物がもとめられるようになりました。そして、何とか公の許す範囲で、昔の塩に似たものを作ろうとする民間のメーカーが登場し、公社が輸入提供するメキシコやオーストラリ産の高純度の天日塩に日本の海からとった「にがり」のミネラルを加えた「再製加工塩」が作られ、「自然塩」と呼ばれるようになりました。これは、塩の名産地の名にかけてなんとか昔ながらの塩を作りたい。作りたくても、限られた選択肢しか与えられなかった時代の産物です。
不純物?成分?添加物?
塩専売法が廃止され、昨年4月より完全自由化となり、ようやく海水から塩を作ったり、海外の入り浜式塩田の完全天日塩を自由に輸入できるようになりました。いまや世界各国の様々な塩が食卓をにぎわし、イオン交換膜法による塩以外はみんな天然ということになっているようですが、さて、世界の製塩業において日本が選択した「イオン交換膜透析法」こそが、唯一無二の特異な塩の生産方法ですから、それ以外みんな「天然」とくくってしまうとずいぶんいろいろ個性豊かで、何かと混乱してしまいます。ちょっと整理が必要です。
まず原料別には、「海塩」「岩塩」「湖塩」。
製法別には、、自然の風や光で蒸発させた海水や塩水湖の結晶が「天日塩」。熱を加えて水分を飛ばし結晶させた「釜焚き塩」の二種類に大別できます。また溶かした塩にミネラルを添加して再結晶させたものが「再生加工塩」。これについては、自然塩と呼ぶ、呼ばないで議論のあるところです。
「岩塩」は、古代の海が地層に閉じ込められ塩の結晶となったもの。文字どおリ岩のような塊で掘り出される「採掘法岩塩」と、岩塩層に水を注入して採取した塩を再結晶した再生加工塩である「溶解法岩塩」に分けられます。「岩塩」は、採取された地域地層により、鉄分を含んでピンクに染まった物から、イオン交換法と変わらないほど純度の高い水晶のようなものまで、結晶に含まれる成分により個性もいろいろです。中には草木染めの発色に関わる薬品として使用される、特殊な成分を含んだ食用には適さない岩塩もあるのです。因みにドイツで作られるハムやソーセージは、岩塩に最初から含まれている硝石の効果で独特の色や香りが生み出されます。、
「硝石も含めて、天然塩の自然の防腐効果があればこその、ドイツ伝統のハム、ソーセージの技術なの!」と胸を張る彼等には、我々が気にする亜硝酸を抜く発想はほとんどありません。なぜなら、塩漬け肉が発酵熟成する過程で、天然塩の硝石がバクテリアによって分解され亜硝酸となり、これが防腐効果と共に、肉に獣臭さが出る事を防ぎ、ピンク色の肉色に仕上げます。添加物として薬品の亜硝酸を加えているわけではなく、もともと風土の恵として存在した硝石が入った純度の高いドイツ産の岩塩あればこそ、腐りやすい肉類が、長期保存に耐える風土の命の味に育ったのだと誇らしげです。
天然海塩はどうか?と彼等に問えば、海水、空中、塩田の土から、様々な不純物が入り込む余地のある、天然海塩の不安定さは、加工肉にはとても危険で使えないと言います。
海の味付けは、旨いか不味いか?
海塩の場合、原料となる海水のミネラル成分をどのようにどのくらい含ませるかで塩の個性が変わります。海水成分のなかで、純粋な塩からさを感じさせるのは塩化ナトリウムです。塩化マグネシウムや硫酸マグネシウムは苦味。硫酸カルシウムは甘さ、塩化カリウムは酸味を感じさせるといいます。実際、海の水をそのまま飲んだら、塩からいばかりでなく、ずいぶん苦いものです。海辺のキャンプで、レタスのサラダを海水で調味した事があります。最初のひとくちは「ウーン、海の薫り!」と感動するのですが、あとが続きません、口の中全体に広がる計算外の苦味やエグミが、レタスの甘さを殺してしまいます。パスタをゆでる時に海水を使うシェフもいますが、やはり、使いなれるには何回かの失敗は覚悟です。ダイバーの人に聞くと、もぐる海によって、深さによって塩味が違うといいます。どう違うのかと突っ込むと、「石垣島の浅いところは爽やか」とかの表現になるのですが、これはもう、ソムリエの田崎真也さんあたりに潜ってもらうしかありません。でも、地中海はどんな味だろう?と、サルデニア島に言ったとき、海水をなめてみました。基本的に塩辛いのは当たり前ですが、旅に疲れた体に苦味が程よく、あまりエグミは感じなかったように思います。
なめる程度ではあまり感じませんが、海水をそのまま乾燥させた、にがり成分たっぷりのミネラル含量の多い海塩は苦い事が多いようです。しかし、体調によってもずいぶん感じ方が違う様で、同じ塩をなめても、とても苦く感じる人と、案外平気な人がいて、これって苦瓜に対する反応と似ているなって感じです。
どうやら、塩の味といったとき、成分の調整の仕方がポイント。釜で煮詰める時に、上澄みの結晶をすくったり、低温で結晶させる事で含有させる成分を調整したり、結晶を山積みにしてムシロろをかぶせ雨風に晒す事で自然ににがりなど水溶性の成分を落としたり、作り方でずいぶんと塩の味は変わるようです。
有名な、フランスはブルターニュのゲランドの塩の中でもフルール・ド・セル、つまり塩の花とロマンチックに名づけられた塩は、塩田の表面に花の様に浮かんで結晶した上澄みの海水の塩、つまりにがり分を自己調節して浮き上がって来たところに味の独自性があるのでしょう。口に含んだときに、後味を残さず、しかも結晶は程よく溶けるので、刺激がマイルドというのがこの塩の人気の秘密。同じゲランドでも、セルグリ、つまり灰色塩と呼ばれる、まさにチョット灰色に染まった塩は、塩田の底に結晶したグログリ、つまりグロ(大粒)でグリ(灰色)の塩の結晶を細かく砕いた物で、海の成分たっぷりに若干の土が混ざった結果の色合いです。実際、スープや煮こみなど使う場合は、スープを煮立てるあいだに灰汁を引き、不純物を濃して使うわけで、こうした手間の間に、塩の味わいは洗練されていくのでしょう。日本料理の繊細さが求めるいい塩とは?
日本のように、生の魚を塩でしめ、そのままパクリ!という食文化が塩に求めるものは、清浄さと味わいの洗練でしょう。
実際、江戸時代の製塩法でも、すでにかなり高純度の塩が作られる様になっていたにも拘わらず、板前さん達が伝える江戸時代の料理秘伝には、塩を煮立てて卵の殻や卵白でアクを引いた「水塩」や、塩を素焼きの器に入れ器ごと高温で焼いて仕上げた「壷焼塩」などがあり、洗練を求めてさまざまに知恵がつくされていたことがわかります。塩の使い方も甘塩、強塩、紙塩、化粧塩と様々で、日本料理の達人は塩使いの達人です。こと、日本料理に関してはミネラルやその他の成分が多いほど良いとは一概にはいえない様です。
ある、日本料理の職人に、どんな塩がいい塩かを聞いてみると、「水に最高の出し味を含ませ、塩だけをピッと一点で効かせたいわけでしょっ、よけいなコトする、不純物の入った塩より、純度の高い食塩がイイの!」といいます。天然塩もかたなしの言い方です。
でも、この場合、出しとなる昆布や鰹節、魚や野菜の質は最高に吟味されているわけで、ここから抽出される、旨みやミネラルのバランスが生み出すことが職人技の醍醐味だから、塩には塩味の純粋さを求めるのだというのです。素材が豊かであればこそ、塩は純でいいと言い切れる意見です。
多くの手わざの塩は個性豊かで、厳密にいえば微量のミネラルの何がどのように残るのかは、毎回微妙に変化してばらつきがあります。、作り手の勘や経験で調製できる手作りの漬物や干物などは、微妙な塩の違いを「塩梅」する職人技が、味の極意を生む要となります。
かたや、製品として、安定的な品質を維持する事が重要視されるケースでは、こうした塩は味が安定しない使いにくい塩になるわけです。
ミネラルは何処からきた?
人の体には、古代の海が閉じ込められているといわれます。体液の塩分やミネラルのバランスが、大昔の海の成分とよく似ているというのです。世界中がたっぷりと海に包まれた太古、海水は0.9%ほどの薄味でした。陸が形成され、陸に雨が繰り返し降り注ぎ、陸のミネラル塩類を海に溶かしこみ、南北の極冠に氷として純水が結晶していくうちに、現在の3.5%まで、濃縮されました。古代の海を内包して陸に上がった命の末裔が人間をふくめた陸棲の生物。淡水魚が海水では生きられないように、人間も海水では生きられません。それはあらゆる海の成分が、今の陸上の生命にとって濃厚過ぎるほどに濃縮されているからです。
とはいえ、もともと海で育まれた命が、陸上で暮らすためには、水と塩を欠くことは出来ないのです。塩抜きの食事が続くと、塩からいものがとても美味しく感じます。塩分補給に高純度のNACLばかりを食べていればミネラルが欲しくなります。バランスの良いお気に入りの塩でも食べすぎれば水が飲みたくなります。
純粋塩しか手に入らない時代、不足を補ったのは、陸のミネラルをたっぷり吸い上げた野菜や果物だったかもしれません。もともと、海のミネラルも、土から雨が溶かし出したものなのですから。
今や、野菜果物のミネラルは不足気味。こんな事も塩にミネラルが求められる原因になっているのかも知れません。
そいうえば、ほっと、癒されるおすましの塩分は、古代の海とほぼおなじでした。
この記事は2003年9月に発行した機関誌「いいものプロジェクト」第10号、2003年12月に発行した11号に掲載したものです。 |
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