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「自然」ってなんだろう?

ナチュラルチーズはナチュラルか?

前回は水のお話、その中で、ヨーロッパの天然水は無殺菌でなければナチュラルと呼べないと言う決まりにちょこっと触れました。

たとえ、水の中に微生物が存在していても、それが人体に無害なら、その存在を含めてその状態をナチュラルとして、殺菌しないでその価値を尊重する。これって、天然酵母のパンにもつながる考えかた。空気中や水や土、いたるところに存在する微生物と共存する事。これってナチュラルの原点かしら?などと考え初めたら、うーん、ナチュラルチーズと言うのがありましたね。そこで今回のテーマはチーズです。 

日本では、世界にまれに見る日本独自のプロセスチーズというものが先に普及した為、プロセスチーズ以外を「ナチュラルチーズ」と呼びます。日本人にとっては、加熱加工したプロセスチーズ以外は、みんな「ナチュラル」イコール自然と分類されるわけですが、最初から、ナチュラルしか造っていない欧州各国ではナチュラルチーズという分け方は有りません。でも、これからは必要になるかもしれない論争が持ちあがっているようなのです。
 
殺菌したらチーズにならない?

牛や羊や山羊の乳を、それぞれの動物が自然に持っている酵素で凝固させ、この塊に微生物が作用して熟成すると、あの独特な風味のチーズが出来あがります。最近人気急上昇中の、イタリアのモツァレラチーズは、生乳の蛋白質を酵素で固めただけで、豆腐の様に毎日出来たてのフレシュなおいしさを楽しむチーズ。でも、ほかの多くは、土着の微生物と動物の乳の幸せなマリアージュが誕生させた熟成チーズです。パンの発祥と同様に、神話の時代から誰が教えるともなく存在する、有り難い保存技術なのです。

有名なフランスのロックフォールチーズの伝説は、チーズ作りの若者が、美しい女性の面影にひかれて洞窟に迷い込み、作ったばかりの生チーズを忘れて帰り、次に発見したときはブルーチーズになっていたと言うもの。どこか、ナイルのパン伝説と似ています。ロックフォールの洞窟に昔から棲みついていた青カビがあの独特な風味を生み出すわけですが、洞窟の青カビをチーズ作りに使うために、岩の上にパンを剥きだして放置してパンをカビだらけにして、これを乳の中に混ぜ入れて作ります。

最近は、安定した品質を作るために、培養した均質な菌を使うところが多いようですが、カビつけパンをスターターにする事で味の独自性を守る生産者は健在です。

今、英国を中心に、北欧各国のチーズ生産国は、衛生面から、チーズに使用する原料乳のすべてを加熱殺菌することを、欧州全体のスタンダードにする事を主張しています。微生物をゼロにして、管理されて培養した菌だけを使うことが、衛生的で安全だという主旨です。

これに真っ向から反対しているのは、その土地毎に特徴を持つ漬物のようなチーズの多様さを誇るフランスやイタリアの中小の生産者です。

チーズのおいしさを生み出すのは、人間がその作用を分析できているわずかな有用菌だけではなく、原料となる乳の中や、熟成させる室や空気や環境の中にいる自然の多様な微生物が様々に混ざりあう事が重要だと言うのです。

チーズ熟成過程のそれぞれのシチュエーションをどの微生物がどのように仕切っているかは、とても複雑で分別しがたいものであり、その年の気温など条件に合わせ、微生物たちが、折り合いをつけながら風味を増していく過程を、人間は外からわずかな手助けをするだけで、自然の成り行きを任せるのがチーズ造りの極意といわれます。おいしさに.重要な役割を演じている自然の微生物を加熱殺菌する事は、チーズ造りの基本を抹殺する事ですから、中小の生産者にとってというより、食文化の存続に関わる大問題なのです。

腐敗と熟成は区別できるか?

高温多湿のアジアモンスーン気候の日本で、食べ物はたちまちに腐ります。腐ると言う事は、ある種の微生物が繁殖する過程で、人間にとって不快なにおいや味に食べ物を変えてしまう事。でも、腐る事と食中毒を起こす事はイコールでは有りません。食中毒を起こす菌は増える時に、むしろ味やにおいを変えずに毒素を出すため、知らずに食べて中毒を起こします。腐っていれば、臭いで気付いて食べないので中毒は起こさないわけです。 

微生物が繁殖しても、不快なにおいでなければそれは腐敗とは言いません。

煮豆をそのまま放っておけば確実に腐ります。最初は加熱により微生物がゼロであっても、空気中の様々な菌が先を争って繁殖するからです。雑菌が繁殖する前に、一般の菌より圧倒的に強い繁殖力を誇る納豆菌を優勢にすれば豆は腐りません。そこで、煮豆を納豆菌の棲みかである稲わらで包んだりしてタッチさせ、納豆菌が好きな高温多湿に整えれば、豆は腐らず納豆になるのです。牛乳もそのまま置いておけば腐りますが、凝固させて水分を調節し、こちらは、
乳の中にはじめから存在する様々な微生物や免疫機能が、外からの雑菌や中毒を起こす菌の進入を跳ね返すのを助ける様に、アルコールや塩水で表面をふいたり、雑菌に勝る白カビや青カビをつけて条件を整えてやります。乳の中に多様な菌がいたほうがむしろ安全弁になって、腐ることなく熟成をすすめられる、というのが、原料乳殺菌不要論の主旨です。

ある種の微生物が病気のもとになる事がわかって以来、とくに食品については、生菌数で衛生状態をはかるのが一般的になリ、菌は少ないほど優秀と、錯覚してしまうのですが、ちょっと、ちがうようです。

人類の存在とは関わりなく、無数の微生物が、大昔から天然自然には存在していて、彼等が生きる為に有機物を食べて排泄した結果が、人間にとっての珍味美味となっています。バイキン、おーっと違った、微生物だらけのこの豊かな天然自然の中にあるのが「人の食」。
微生物と共に食べ合うのも自然なおいしさなのですね。

この記事は2003年6月に発行した機関誌「いいものプロジェクト」第9号に掲載したものです。