「モニターの皆さんの感想には、「いいもの」のポイントが素直に表れていて、とても説得力があります。一口に「おいしい」とは言わずに、歯ごたえの良さ、香りのすばらしさ、酸味の豊かさなど、「いいもの」がモニターを感動させたポイントをズバリと表現していて、何人かの意見を読んでいくうちに、おぼろげながら「いいもの」の輪郭が現れて、「これは食べてみたいな」と思わされます。味わう事はとても個人的な体験でみんなで一緒に同じお皿から同じお料理を食べていても、感じている事は一人一人別々で、たとえ全員が「おいしい!」と声を揃えたとしても、実際どんな風に感じているか共有できないのが「おいしさ」です。でも、ソコントコを何とかして表現して自分の感じた「おいしさ」を伝えたいと思っていろいろ自分なりの表現を工夫してお喋りする事はなかなか楽しいことです。
ただ、味の表現には個人差があって、同じワインでも「甘口だ」「辛口だ」と意見が分かれることは誰でも経験するところでしょう。
私達が普段何気なく使っている「甘い」とか「酸っぱい」といった味覚を表す言葉は、たとえば酸っぱいみかんを食べた大人が「アーッ!スッパーイ!!」と騒いでいるそばで、同じみかんを食べた子供が「ソッカ!コレガスッパイトイウコトカ」と学習していく訳で、黙って食べるばかリでは、なんだか口がキューッとすぼまって震えが来る体感はあっても、それが「スッパイ」という言葉には置き換わらないわけです。別な言い方をすれば、酸っぱいのが大好きな親ならある程度の酸味のみかんは「ワー!アマーイ」とか言って食べる事もあるわけで、そのへんの環境の差が表現の差を生むこともあるでしょう。
味覚の「あいうえお」
ジャーナリストの森枝卓士さんがお書きになった「味覚の探求」(中公文庫)にとても面白く、詳しく書いてあるのですが、味覚の表現には、実は共通言語として、JIS規格の「官能検査用語」というものがあるんですって!微妙な表現は別として、例えば甘味は「蔗糖などを代表とする物質によって引き起こされる味覚」であり、酸味は「クエン酸、酒石酸を代表とする物質によって引き起こされる味覚」。苦味は「キニーネ、カフェインなどを代表する物質」。塩味は文字通り「食塩によって引き起こされる味覚」。うま味は「グルタミン酸ナトリウム、イノシン酸ナトリウムを代表とする物質によって引き起こされる味覚」などと定義されていて、大手の食品開発室で官能検査に携わる人は、純粋にこうした物質を零コンマ以下のパーセントで識別する能力を磨くのだそうです。酸味や苦味は腐敗や毒物のサインとなるので、微量でも舌で検出する事が必要となるわけです。この、味覚用語の定義を見ていると、甘、酸、塩、苦味にはそれぞれ英語の訳があるのですが、旨味には英語がなくて、umami
という表現になっている事に気付きます。現在、旨味は国際的に認知されていますが、もともとは、、野菜穀物中心の低蛋白質の食文化の中で、昆布や鰹節が提供するアミノ酸のほのかな味わいとして大切にされてきたものです。アミノ酸から出来ている蛋白質のかたまりである肉を主食のように食べる食文化の中では、わずかなアミノ酸を旨味という一つの味としてとらえる感覚は生まれなかったのでしょう。もう少し旨いと言う文字を眺めていると、動物の脂肪をあらわす「脂」という漢字からニクヅキをはずしたツクリの部分だということに気がつきます。まるで、アミノ酸という旨味が出しとして抽出される様を見るようで、油脂で味を創造する西洋料理に対し、水で旨味を調和させるのが日本料理の基本なんだと納得します。
水に溶け出すこうした、自然の旨味は、壊れやすく、変化しやすいのが難点です。その為、私達が加工食品を利用するようになり調理品の長時間の加熱や保存が必要になった時、加工に対して安定な化学調味料や、アミノ酸調味液などが必要とされるようになり、安い値段で提供されるようになったわけです。
高級な出し昆布の表面に白い結晶が浮き出ていますが、あれは旨味のもとになるグルタミン酸ナトリウムの結晶で、成分としては化学調味料も同じものです。では何が違うかというと、高価で手間のかかる出しは惜しみながら使うけれど、使いやすくなった化学調味料は、様々なところで大量に使われるようになり、これを食べつづける人の感性をどんどん鈍くして、微妙な旨味では旨味と感じなくなった人を増やしてしまったのです。
無添加にこだわって、一切のアミノ酸を使わない生産者。おいしく食べてもらうためにどうしても少量のアミノ酸が必要と訴える生産者。それぞれの考え方があると思います。使う側から考えて、実際アミノ酸を使った「しじみ醤油」が「いいもの」に選ばれています。「アミノ酸を使っているのにいいものに選ばれるのか?」と疑問を投げかける御意見もあります。
さて、私達の舌の感性は、鈍くなってはいないでしょうか?
ほのかな天然だしをおいしく感じているのでしょうか?
「いいものプロジェクト」は無添加のハードルを掲げる事はしません。でもだからこそ、ちょっと、立ち止まってゆっくり味わって、感性が鈍化しないように、味の原点を確かめる時間は必要ではないでしょうか。
ネッ 何を、おいしいと感じているのか、教えて!
この記事は2002年3月に発行した機関誌「いいものプロジェクト」第4号に掲載したものです。
|